プロフィール

プロフィール【サッカー経歴25年について】私はこんな人物

私の人生の中で一番の影響を受けてきたのがサッカーです。今でこそ家族と仕事を最優先していますがサッカーは自分の人生になくてはならないものです。そんなサッカーと向き合う時間が長かった私が自己紹介として、ただただ私のサッカー経歴について書いています。笑 少しでもお付き合いいただけると大変嬉しいです(^^)/

私はこんな人物(サッカー歴プロフィール)

 

  • 年齢:30代前半(本田圭介、長友佑都、岡崎真司 世代)
  • 出身地:東海地域
  • ポジション:DF(ディフェンダー)
  • 身長:171cm
  • 体重:68kg
  • 血液型:B型
  • 現在の所属:アキレス腱断裂を機にほぼ休止中。
  • サッカー歴:25年
  • 得意プレー:体を張ったプレー(今はもう…)
  • 好きなチーム:バルセロナFC(カンプノウで観戦経験あり)
  • その他:中学,高校と地域の代表に選ばれる。高校はサッカー特待生。

小学生時代(サッカー歴1~6年)

低学年時代(小学1~2年)親に連れられて~

サッカーを習い始めたのが小学1年生の頃でした。その頃はサッカーをすることは好きでしたが、少し気が小さかったように感じます。親に連れられてクラブチームの練習に行くのがどちらかというと嫌でした。笑 理由は違った学校の連中と一緒にサッカーをするのが苦痛。ただ、サッカーは好きで学校の放課中や、学校が終わった後もよくサッカーをしていました。私の親から話しを聞くとボールを投げるよる蹴る方が小さい時から好きだったからサッカーを習わせたと聞いています。

中学年時代(小学3~4年)気弱な少年~

この頃もやはりサッカーが好きで放課後も学校が終わった後もサッカーばかりしていました。学校から家に帰ったらそっこーで荷物を置いて、ボールを持って学校に行ってサッカーをしていました。また小学校3年生時は、自信もなくクラブチームの下のカテゴリーに所属。小学4年生は勇気をもって上のカテゴリーを受け見事合格。合格をしたことは嬉しかったですが、そこからはしばらく苦痛の日々。笑 はやり上のカテゴリーのメンバーの方がサッカーはうまい上に個性まで強く感じたため、なかなかチームに馴染めず、クラブチームのサッカーは正直苦痛でした。笑 特にしんどかったのが遠征です。親元を離れることもほとんどない上に、チームにうまく馴染めず辛かったことを思い出します。それでもサッカーをやめなかったのは、うまくなりたいと思う気持ちがあったのだと思います。

高学年時代(小学5~6年)転機到来~

小学5年生になると2つの転機が訪れました。まず1つが親に喝を入れられました。私の弱きな姿勢に喝を入れたのです。当時の私はチームで補欠。一番悔しい思いをしたのが、17人中2人だけメンバーに入れず、ゴール裏でボール拾いをさせられる屈辱を味わいました。当時の私は弱気な姿勢で見返してやろうとかという気持ちがなかったように感じます。そこを見透かしていた親に激怒されました。笑 今思えばあの喝が自分を大きく変えてくれたなぁって、すごく感謝しています。そしてそこから始めて闘うスプリットを身につけ、サッカーに取り組んでいけたように感じます。また2つ目の転機としては、クラブチーム以外にサッカースクールに通うようになったことです。他のクラブチームでエース級で活躍してるメンバーと一緒にサッカーをやってるなかで、気がつけば引け目をとらないくらいのレベルが身についていました。当然自分のクラブチームでも頭角を現し、ついにレギュラーを取れるようになりました。そこから自信を身につけ、チーム内でもトップクラスのレベルになることができました。この当時は同年代の誰よりもサッカーをやっていた自負があります。そしてこの時にようやくサッカーが自分のものになったような感覚をもっています。

中学生時代(サッカー歴7~9年)

中学1年~2年 成長期~

小学校で自信を得た勢いに中学校でもクラブチームに所属することにしました。中学校の部活ではサッカー部は二重登録となってしまう為、バスケットボール部に所属。二刀流で活動していた為、かなりハードな日程でしたが、この頃はサッカーもバスケットもすごく充実をしていました。サッカーでは、チームの副キャプテンになることや市内の選抜に加え、地域の選抜(県の選抜の下のカテゴリー)に選ばれるなど目に見える形でレベルアップをしていました。当時の思い出では当時のグランパスジュニアと試合をした際に私の得点で1対0で勝利したことがありました。今思えばこの頃がサッカー人生で一番輝けていたかもしれないと感じています。

中学3年 アクシデント到来~

ここでサッカー人生を左右するようなできごとがありました。それは中学3年のGWのことです。その日も好調に試合をしていた最中に左足首を脱臼骨折をしてしまいました。当時の私はFWで相手ゴールキーパーとの1対1で無理な姿勢をしてしまったせいで、大きなケガをすることになってしまいました。そして、1カ月以上の入院と3回もの手術を経験することになりました。その結果中学3年生時は思うようにサッカーができず中学最後の学年を過ごすこととなりました。

高校生時代(サッカー歴10~12年)

高校1年~2年 地獄の日々~

高校では、サッカーの特待生としてサッカー部へ入部。本来は違う高校を選べばよかったと思いながらと思い、どこかふんぎりがつかないまま入部。特待生として入部し、1年生から試合に出してもらうなりスタートは悪くなかったですが、しづつ歯車が狂いうまくいかなかった時期。中学3年で骨折してから、以前のようなコンディションになかなか戻せず苦しんだり、初めての上下関係で辛かったり、練習量が多く辛かったり、ケガが多かったり、少しずつうまくいかないのが悪循環になって、不の連鎖に繋がっていました。プロサッカー選手になりたいと思う気持ちもこの頃に諦めえと変わっていきました。それどころか、サッカーもうんざりな気持ちになる自分がいました。それでも一度も逃げることなくサッカーと向き合っていた自分は褒めたいと思ってます。サッカー人生の中で一番辛い時期。いや、人生の中で一番辛い時期…しかし、この辛い経験があったからこそ、それを糧として人としても大きく成長ができたように感じています。

高校3年 一時休戦~

高校3年の5月のインターハイをもって高校サッカーは引退を決意。目標であった全国大会にはいけず最高成績が県大会ベスト4となりました。それからは大学受験と、サッカー以外に時間がとれるようになり自由を感じれるようになり、自分らしさを取り戻していったように感じます。

もしお近くに高校サッカーのチーム選びで迷われている方がいましたら、こちらの記事を参考にしてみてはどうでしょうか。誰よりも高校時代に辛い経験をした自負がありますので少しは参考になるかと考えています。

後悔しない高校サッカーチームの選び方!この記事は高校のサッカーチーム選びに悩んでいる中学生や、そのご両親にむけた内容となっております。 中学生が、高校へ上がる際にどのチーム...

大学生時代(サッカー歴13~16年)

大学1年 エンジョイ~

大学ではサッカーでケガをして苦しんだ経験から、主に健康について学ぶ大学を選びました。トレーナーな教師の資格が取れる学部の為、サッカーをすることより学びを優先して大学に入学。サッカーをするなら社会人チームでやろうかという思いもありましたが、サッカー部のメンバーが以外と強豪校出身者も多く、刺激をたくさんもらえそうだったので大学サッカーを選択しました。しかし当時の私は今までサッカー漬けの人生だった為、大学生活をエンジョイしたいと思い、ごく普通の大学生の考えをして過ごしていました。

大学2年~4年 覚醒~

大学2年の時にサッカー人生の中でも大きな変化がありました。それは、あまりにも自分に対するサッカーの評価が低いと感じたことです。ある日、大学で試合をしたのですが、私より明らかにレベルが低いと思っていた選手を試合で使い、私が試合に出らなかったことにあります。かなり悔しかったです。この時に、ようやく今のままではダメだと気づき、自主練をすることを決意。具体的には走り込みです。圧倒的な体力つけ、体を絞れば絶対に負けないと思い、狂うように走りこみました。飲み会があった日でも、挽回しようと思い、その後に走り込むなど、少し以上なくらいの変化がありました。おかげ体重も7kg落とし、体力もチーム内で1番を取れるほどに大成長。ここからのサッカーはまた一段と楽しくも感じました。何が楽しいかというと、自分が思ったままに体が動くことがサッカー選手にとっては理想の状態。またボール思うようにさばける感覚。まさに理想の状態が長く続き、大学の部活の中でも一番の成長をとげられたように感じています。ようやくこの時に中学3年生の時の骨折前の感覚が戻ったようにも感じられます。『もっと早くコンディション戻せよ』って自分に突っ込みを入れたくもなりますが、サッカーが再び楽しいものに戻っていきました。また、この頃になると先輩であっても言いたいことは言えるメンタルもでき、心技体ともに充実したように感じます。

社会人時代(サッカー歴17~25年)

社会人 1年~6年 本質を学ぶ~

社会人になってからは、高校時代の先輩から誘いを受け社会人サッカーをスタート。主に県のリーグで活動していたチームで平日も練習があるなど、サラリーマンの自分にとっては仕事とサッカーで忙しく過ごすこととなりました。社会人なので仕事を優先しなくてはいけないこともあり悔しい思いをすることも多かったですが、大学時代からの続けているランニングで走り込むなど筋トレをして、自ら体作りを積極的に行っていました。また、社会人になって一番学んだのが、『テンポやリズムをつかむ』ことです。今までは、イケイケな感じでどこか自分の感覚だけでサッカーをしていたところがありました。この時ななってサッカーは頭を使うスポーツだなって痛感。正直いって気づくの遅いです。笑 この感覚を早くから身につけていたら、もっといい選手になったんだろうなって思います。笑 そんな気づきをさせてくれた環境には感謝をしていますが、試合には出られず悔しい思いをすることもありました。特に守り(DF)の選手はベンチスタートだと攻撃の選手と違って途中交代が少ないです。平日の仕事をしながらも走り込むなど苦しい思いをしても試合に出られないって本当に辛いものがあります。それでも好きなサッカーで成長することが自分の一番の成長につながると思い続けられたように感じます。

社会人 7年~9年 変化の時~

この頃に結婚をしました。当然今までよりサッカーと向き合う時間は徐々に減っていきました。仕事も忙しく、思うようにサッカーができなくて悔しい思いをたくさんしました。それでも自分にはサッカーしか得意なものはないと思い、もっと極めたいと思い続けていました。しかし、その思いとは裏腹に思うように体が動かなくなることも多くなってきました。子どもも産まれ、サッカーにはより一層時間をかけられなくなる状況になりました。そんな時にアクシデントが発生しました。それは左脚アキレス腱の断裂です。年齢を重ねてくると発症しやすいと言われています。フットサルをやっている時に少し無理をしただけでした。少しの無理でアキレス腱断裂とはショックでした。復帰まで少なくて半年以上はかかる為、今後のサッカーとの向き合い方について考えました。そこで気づいたのは、また今が潮時かなって思いになりました。サッカーをやめるつもりは全くないですし、好きな気持ちも変わりません。しかし、度重なるケガで思うように動けないことや結婚して環境が変わったこともあり、旦休戦すること決意しました。

今後について

今は休戦中ですが、サッカーをやめるつもりはありません。好きなサッカーに関わるのはプレー以外でもできます。そして私の今後の思いは下記の通りです。

  • ブログで発信力をつけてサッカーとの新たな向き合い方を模索
  • 英語力を身につけてグローバルにサッカーと向き合う
  • サッカー発展に貢献がしたい
  • FOOTBRAINに出たい(笑)
  • 息子がサッカー好きになって色々伝えたい(親の願い)
  • 70歳くらいまでサッカーができる体を維持する。

まとめ

サッカーは好きで今まで続けてきましたが、25年を通して思うことはうまくいかなくて苦しい思いをたくさんしてきたように感じます。うまくいった思い出もありますが、その裏で悔しい思いや辛い思いもたくさんあったように感じます。時にサッカーから逃げ出したくなる時もありましたが、続けてきたおかげで成長できたように感じます。今はサッカーから休戦している主な理由は、ブログで発信力をつけて、家族と豊かな生活がしたいからです。サッカーで身につけた忍耐力と継続力を武器にブログという新たなことに挑戦中です。

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